イノウエさん好奇心blog(2018.3.1〜)

MachinoKid Research 「学習会」公式ブログ ゼロから始める「Humanitas/人文科学」研究

"反復" 実践編

広瀬すずさん。やっぱ、

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かわいいですね。

ちはやふるの実写版は賛否両論あるみたいですけど。この写真を見ると、勝ち気さが出てて、はまり役のような気もしますね。哲学とか"差異"の話はおいておいて、ちはやふるの話しをしたいと思い、おも、、、

 

えーと、その前に、応用をしてみたいと思います。

 

以前、書いた"反復"の応用です。

"差異"のない習慣になった言葉を、"反復"をとおして血の通ったものにする。そんな応用を一つ、やってみたいと思います。

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(2017/12/4補足)

「反復を応用する」という言い方は、そもそも語義矛盾を含んでいます。反復されるものは記憶なので意識の対象にならないからです。

ですが、ある方針を立てて特定の語義へ親しむ活動は、ある記憶の反復であることを否定できず、このブログはそのまま反復のブログとなると考えました。

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ギリシア人は、あらゆる認識は追憶である、と教えたが、同じように新しい哲学は、全人生は反復である、と教えるだろう。

『反復』キルケゴール 

キルケゴールは、"反復"という哲学を提唱しました。
この箇所では、その反復が、ギリシャ人の"追憶"と"同じよう"だと、言います。"追憶"を辞書で引いてみると、

過ぎ去ったことに思いをはせること。過去をしのぶこと。

です。

 

そこで、
すこし聞き古された感のある単語、"集団的自衛権"で、"追憶"したいと思います。

  

"集団的自衛権"(Right of collective self-defense)が、初めて明文化されたのは、国際連合憲章1945)の第51章だと言われます。

 

国連は人権を守るための組織です。そうすると、"集団的自衛権"の生まれた時から、加盟国は"基本的人権"を守ることが前提だった、と言えそうですね。

となると、"集団的自衛権"が、集団で守るものは、加盟国の守る"人権=(自由・平等・生命)"と、なります。

 

テレビでは、"集団的自衛権"は、国連憲章の第51章で認められている、だから、日本でも行使できる、と断定される場面も見かけます。

国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和、及び、安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的、又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。 51章

ですね。簡単に言えば、他国から攻撃を受けた場合、国連の助けがくるまで、集団的自衛権を行使できる、ということですね。

 

とはいえ、「前文」を見ると、それだけではなさそうです。

われら連合国の人民は(略)
基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念をあらためて確認(する) 前文

ここで、加盟国の国民は、男女の差別、大国や小国に関わらず、人の命や自由の大事さを改めて確認する、と宣言してますね。
あと、"連合国"という呼び方は、第二次世界大戦の時の戦勝国のもので、"人権"の解釈にも差異があると言われますけど、それを含めて、ここの主旨は"確認する"こと、ですよね。

それから、"共同の利益=Common interest"に適わない武力は用いない。ということも明記されてます。

国際の平和及び安全を維持するために、われらの力を合わせ、共同の利益の場合を除く外は武力を用いないことを、原則の受諾と方法の設定によって確保(する) 前文

この部分を守ると、国連加盟国の"共同の利益"なのかを、確認しないといけないわけです。

 国連憲章、意外と確認事項、多いですねw。
 

現実的には、

国際連合と足並みを合わせて前文を重宝したくても、実際は安保理が機能しない、という現実があったり、

2003年のイラク戦争時の米英の軍事介入の際は、、国連を無視した単独行動を国連が阻止できなかった事など*1

 厳しい実情があります。

 

そうはいっても、同時に、国連は必要とされ続けて来た事もわかります。

 

第二次世界大戦後、米大統領ルーズベルトの提唱した4つ自由。言論の自由、信教の自由、欠乏からの自由、恐怖からの自由が、国連の基礎となったことがありました。

国連の前身、1920年に発足した国際連盟の発足時には、米大統領ウィルソンさんの提唱した『14か条の平和原則』が、あったことがわかります。

 

さらに、この二つの国際組織の背景には、220年も前のイマヌエル・カントの著書『永遠平和のために(Zum ewigen Frieden)』で、構想されてきた国際機関の必要性の発想があったこともわかります。

 

歴史的経緯をたどると、国際的な人権保護と安全保障の組織は、時代を越えて必要とされてきた伝統的なニーズ、と言えそうです。

 

 

さて。

時事ネタに託けて、"集団的自衛権"を"追憶"してみました。

この自衛権が守るものが、すぐに、同盟国の国益だけではないかも?

と思えたら、"反復"の甲斐があったかもしれないです。

 

ちはやふる、の話は、また折りをみて話したいと思います。

アニメしか見てないですけど、競技かるたの物語です。言葉の意味で、読み手の発音が変わる、そんな所もしびれますね。
期待が、高まりますw

  

資料を勉強させていただいた山下さん、ありがとうございました。

 

永遠平和のために

永遠平和のために

 

  

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参考:

*1:山下光 『イラク戦争国連安全保障理事会
http://www.nids.go.jp/publication/kiyo/pdf/bulletin_j7-1_3.pdf

国際連合広報センター
http://www.unic.or.jp/info/un/charter/

アラブの春のその後

http://www.afpbb.com/articles/-/2965539