イノウエさん好奇心blog(2018.3.1〜)

哲学のスナップショット。月1掲載。

ジョン・スチュワート・ミル(1806-1873)

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 J・Sミル『自由論』(1859)(訳・仲正昌樹)を手に取りました。

 「幸福とは効用である」とする功利論者の一人として有名なミルですが、ミーハーなところを言えば、3歳でギリシャ語、8歳でラテン語を学び、のちに習得したと言われ、歴史上最もI.Qが高かった人物の一人とも言われます。

 どんなことを話したのか?

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   それは「徹底した個性尊重=自由」です!

  もちろん、好き勝手という意味での「自由」ではありません。

 

 その人自身の性格でなく、世間の伝統や慣習を行為のルールにしていると、人間を幸せにする主要な要素が失われる。個人と社会の進歩にとっての重要な要素も失われる。 

 自分の理性で完全には納得しきれない意見を自分の意見にしたりすると、その理性は鍛えられるどころか、むしろ減退するだろう。

 この原則を主張するときに悟らされる最大の問題は、そういう目的そのものに世間一般が無関心であることである。

 

  ここでは、伝統・慣習・世間の無関心の問題、自己の理性の大切さが指摘されております。

 

 人類が重ねてきた経験のどの部分が、自分の今の状況や性格に正しく応用可能なのか、それはまさしく自分自身で見つけなければならない。 

  洞察力、判断力、識別力、学習力、さらには道徳感情をも含む人間の諸能力は、選択を行うことによってのみ鍛えられる。

 そういう能力を全く用いることがなくても、人はなんとなく正しい道に導かれ、邪道に陥らずに済むことはありうる。しかし、

人は何を為すかだけが重要なのではない。それをする人はどういう人なのか、というのも実際に重要なのである。 

   ここでは、選択する思考の重要性が語られます。

今後、イギリスの衰退を防ぐためにも、今日とは違った種類の人々が必要になるであろう。
 慣習による専制は、人間が前に進もうとするのをいたるところで絶えず妨げる

改革をもたらす唯一の確実かつ永続的な源泉は、自由である。なぜなら、自由があれば、そこには個人の数だけ、独立した改革の中心が存在しうるからである。

国家の価値とは、究極のところ、それを構成する一人一人の人間の価値に他ならない。たとえ国民の幸福が目的だと言っても、 一人一人を萎縮させてしまう国家は、やがて思い知るだろう。

 

   当時はまだ世界の基軸通貨がポンドだったこともあり、やがて覇権がアメリカに移りゆく英国の国力を、この時、既に憂いている様子です。

  そして、自由を萎縮する要因は、思考しなくなった慣習等に加え、下記の要因の促す画一化にあると指摘するのでした。

・移動手段の進歩

・教育の普及

・商工業の発達

・民主主義

 

   ではいったい、自由をどうやって維持するのか。ミルの見解は、概ね2点あります。

 
・「多様な境遇」を社会が抱くこと

・個人の意見が「多様な側面」を備えること

 

   この二つを、軸にして、公共政策、税率、教育、芸術のあり方、自己のあり方、を一貫した論旨で論じていくのが、この著書に描かれるミルの論旨です。

   具体的には、 自分の意見と反対の意見を自己の中に持つための、弁証術や論駁法などの技術に着目したり、酒税法などの政策が取りざたされておりますが、なにより、個々の気質を失わないことが重要だそうです。

   いたって常識的に思えるようなことと、高度な公共政策の話題が並行して述べられるあたり、この著者の発想の柔軟さと展開力に、関心する思いです。

 

  以上

   個性を最大限に生かす『自由論』を取り上げてみました。

 

 

自由論 (光文社古典新訳文庫)

自由論 (光文社古典新訳文庫)

 

 

ベンヤミンの写真論

f:id:Inoue3:20180801042330j:plain(とある渋谷のカフェ)

 

    フランツ・カフカ(1883-1924)の幼少期の写真を掲載しました。

 当時の写真館で撮影されたその写真は、背景の装飾がすでに形式的なものになっていたと、哲学者ヴォルター・ベンヤミン(1892-1940)は指摘します。

   その指摘は、技術の流行と、その後の、いわゆる「形がい化」の経緯の中で芸術的性格がどのように関わるのかを示すものでした。

 現代では、コンピューターサイエンスの延長線上の視聴覚表現が都市のインフラとなりつつありますが、アートとして表現する場合の技術の新規性に対しては、ベンヤミンの論旨は新鮮です。

   ※アウラの言葉は有名ですが、この語句の最初の記述が下記の引用箇所だと言われます

 6歳ぐらいの少年が、一種の温室風景の中に立っている。シュロの葉は、背後でそよぎもしない。~モデルは左手に不釣り合いに大きいツバの広い、スペイン人がかぶるような帽子を持っている。こんなお膳立てをされては、モデルは埋没してしまう他なかっただろう。もしも計り知れぬほど悲しげな両目が、~この風景を圧倒していなかったならば。

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(Franz Kafka 1889)

~初期の写真に写っている人たちは、まだこの少年ほど孤立無援のうちに世界を見つめてはいなかった。彼らのまわりにはアウラがあった。

 ~従ってこの揺籃期の写真に関して、それらの「芸術的な完成度」とか「趣味の良さ」とかを強調するのは誤った解釈である。これらの写真がどういう場所で成立したかを考えてみれば良い。そこでは写真家はどの顧客にとってもまず第一に、最新の流派に属する技術者であり、一方、写真家にとってはどの顧客も興隆しつつある階級の一員だった。

 アウラとは何か。空間と時間が織りなす不可思議な織物である。すなわち、どれほど近くにであれ、ある遠さが一回的に現れているものである。

(Walter Benjamin 1931『Kleine Geschichte der Photographie』 訳 久保哲司 1998『写真小史』)

 

 

 こうして、ベンヤミン
 ”最新の流派に属する技術者”のまとうアウラを、芸術や趣味の視点から(それを強調して)評価するべきでない、と主張したことがわかります。彼のメディア芸術に対する姿勢が鮮明で面白いですね。そして、アウラを剥ぎ取った最初の写真家を評価します。それが、前回のブログで紹介した。ウジェーヌ・アジェでした。

 それにしても、6歳のカフカ氏、物憂げですね。

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図説 写真小史 (ちくま学芸文庫)

図説 写真小史 (ちくま学芸文庫)

 

 

視点

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曙橋

 

 『哲学』という言葉が「Philo+sophia」から生まれたことは前回ブログで触れました。この言葉は幕末から明治初頭に生きた哲学者、西周先生(以下敬称略)の翻訳によるものだったと言われます。

 西周の引用元は、西洋のウェブスター百科事典=エンサイクロペディア(原義は希臘語のエンキュロス・パイディア=子供を輪に入れる)であると『百学連関を読む』の著者、山本氏は示唆します。

 さらに「哲学」は、もともとは「希う(こいねがう)」という漢字を含めた「希哲学」だったそうです。

「希う」の動詞の漢字が残されていた方が、元のPhilo+Sophia(愛する+智)の意味に近づくので、この省略は重大なものだったと山本氏は指摘します。いつのまにか「希」が省略されたそうですが、理由は諸説あるようです。私自身も、なんとなくその理由に思い至る点がありました。

 というのも、知識や言葉が使い慣らされていく過程で、元々、その語句の背景にあった、動きや文脈は、失われやすい、と思うからです。「感謝」の意味に変わった「有り難い」や「治療」の意味に用いられる「手当て」もそうです。

 同時に、「動き」を含む語句は、その言葉を扱う人の観点によって、動きの分量や程度が変わるので、不特定多数の人がその語句を扱う場合は、概ね言葉の意味の中にある客観的で表面的な、名詞の部分だけが残されていく、と思うからです。

 例えば、『民主主義』という言葉も、躍動的な中身を意味するのか、客観的な制度の事を指すのか、結局は、多数決や代議員制の制度について意味するものだと大勢の人が誤解を生んでいく(ように思える)様子を見れば、腑に落ちます。

 失われても問題ないものもあれば、失われると一大事なものがあるように思います。

 

   この視点は、写真史の中でも指摘されてきた 写真家の習性と重なるものでもありました。上記のように、政治的な文脈にも頻出しますし、昨今、メディアで取りざたされるポピュリズムという即物的な手法をとっても、歴史的な背景や文脈の、積み重ねで育まれる寛容さを、削ぎ落としていく点で類似すると思います。

 この辺りは、持論になるので、割愛しますが。

 特に写真史にとっては、被写体の客観的価値が着目される中、絶えず何かを生み出そうとする主観的で動的な部分が、注目された時期がありました。

 その視点に触れる人物の言葉を引用したので、それをもって今回のブログを終わります。

 その人物とは、ジョン・シャーコフスキー(1925-2007)。スナップ写真で先駆的だったウジェーヌ・アジェを始め、歴史的写真家を次々に世に出したニューヨークMOMAの60年代当時の写真部ディレクターです。

 

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 アジェの時代の大半の写真家は、被写体は与えられたものであること、それが客観的で社会的な性質のものであると信じていた、あるいは感じていた、と人は言うかもしれない。

 大半の職業写真家たちは、このような客観的事物をできる限り明瞭に、そして正確に描写することが、彼らの仕事と感じていた。

 また、大半の芸術写真家は、芸術の原理ないし芸術的感受性の力にそれを服従させることによって、その対象のリアリティを巧みに扱う、あるいは変化させることが自分たちの役割であることと感じていた。

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 アジェについて言えば、芸術の原理ないし芸術的感受性によっているとは思われない。ただ、カメラの前にあるものを、それがどんなものかをクリアに正確に写し取ろうとしているだけのように思われる。ただ、目の前にあるものは、確実で客観的なものとは思われず、不確かで、暫定的相対的なもので、絶えず新しい何かが生まれ出る可能性を持っているもののようだ。

 アジェの最もよく考え抜かれた画像においてでさえ、その見た目の完璧さは、一つの経験が、ダンサーが跳躍の頂点で静止する瞬間のように、はかないものだということを示している。

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 (アジェの)写真は、まるで我々が期待したものではない。それらは感情による影響が全く処理されていない。矛盾がそのままになっているのだ。それらには、私心がない。つまり、甘えがない。それらは、写真家が見た以上のものは何もない(と我々は確かに感じる)という意味で、大胆不敵である。

 

John Szarkowski (『ウジェーヌ・アジェ写真集 』 2000、岩波書店

 

 

ウジェーヌ・アジェ写真集

ウジェーヌ・アジェ写真集

 

 

「百学連環」を読む

「百学連環」を読む

 

 

 

誰でも持っているもの

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 今日は誰もが持っている、『哲学』について書きたいと思います。

 

 哲学は知恵を愛することとも言われます。というのも語源はPhilo-sophia。 

 古代ギリシャで4つに分類された愛(Agape, Eros, Philia, Storge)のうち、友愛を示すフィリア(Philia)と、知恵を意味するソフィア(Sophia)の合成語だからです。*Agapeは人類愛, Erosは恋愛, Storgeは家族愛と言われます。

 

 そうなると周囲のなんてことない事に疑問を抱いたり、親近感を抱いたり、創意工夫に思いを馳せたりすることも、語源からすれば哲学なんですね。難しい哲学書を読むことではありません。

 

 ところで、かつて啓蒙の時代と呼ばれた18世紀後半に世界でほぼ類を見ない規模で30年にわたってディドロダランベールを中心に百科全書が編纂されました。ここで哲学の定義は上記と、少し違う解釈でした。

 

哲学という名称の意味を確定して、それに適切な定義を与えることを問題としよう。哲学することとは、事物の理由を与えること、少なくともそれを探究することである。『百科全書』(1751-1780,ディドロダランベール)(1974、桑原武夫訳、岩波書店

 

 完結です。物事の理由を見つけること

 

 人からみれば難しいことも、その人なりに説明ができれば良い。と言われることもありますが、説明できる(理由を与える)ことは、そのまま哲学。という解釈です。幅が広がります。英語で「理由」は、Reasonですが「理性」の意味もあります。物事から理性を見つけるのも同義と言えそうです。

 哲学、、面白い。

森友問題の責任はイノウエにあります

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今年度も始まりました。

よろしくお願いします。

 

ここ10年間。

苦手であったけれど、興味深かった分野。

ひとくくりに言えば、『哲学』を学び続けてきました。

 

そして私は、今、怒ってます。

学んだにかかわらず、増えるのは、やっかいに思われるもの、だからです。

初めから、それを期待したわけでもなく、どちらかといえば、ひとつづつ減らした方が喜ばれたような、それです。

中学生や、高校生なら、増えるほど賞賛されますが、平凡なただの40のおじさんには、むしろ、世の中の奥様方から、たたんでタンスにしまって欲しいと願われる、それです。

一言で言えば、です。

 夢というからには、漠然としてます。社会人になると多くの人がそれを置き換えるところの、事業計画書といった具体的なものとは訳が違います。もっと、やわらかくてネバネバしており、そして、大それたもの。別の言葉で言えば呪いです。

 

まったく、ある日、夢に謎の人物。

キルケゴールという人が出てきて、(夢の中の)高校の図書館から自分を呼びました。ページを開くと、中から森が飛び出したり、立体的なバースデーケーキが立ち上がるわけでもなかったのに。です。

今ふりかえれば、あの時、30歳の時に、受験勉強を始めたのが原因かと思いますし、もっと前からのような気もしますが、きわめつけは図書館で働き始めたことでした。そこで、致命傷を負ったような感じ、、

傷口を広げて、そこに活字という名の辛子を練り込んだような感じ、、がします。

挙げ句の果てには新聞を読むのも日課。本棚に聖書。引き出しにはカントが鎮座する始末。呪われたと言わずに、なんと言えば良いだろう。

 

こうなると、森友問題、改憲問題、国際紛争、教育問題、が哲学という高級菓子の受け皿のようになり、どれも専門家が指摘するところの諸管轄の責任者の問題であると同時に、その責任の一旦が自分にあると明言できてしまう。(与党以外の議員の趨勢が違法とみなす法案を、次々と可決する不思議な民主政治を到来させた日本の人気争奪選挙での本当の敗者は、私たち一人一人の中から消えかかる哲学自身だと思えるから)

 

さぁ、責任逃れを果たすべく、釈放を願って、まずブログを書きます。

 

というわけで、今までクールに哲学ブログという雰囲気のおしゃれブロガーとして歩き出そうとした自分でしたが今後は、いよいよ調布の田舎のおじさんらしく、もう少し、言い逃れ的な、自己弁明型のブログで送りたく思う次第です。

なお、現在運営中のリサーチサイトも継続するので、どうぞ訪ねてやってください。

  

ふとパソコンの隣をみると、机の上には、エラスムス(1466-1536)の『痴愚礼賛』の訳出し本が。ちなみに、慶応大学出版会のものです。こんな辛子みたいな文章、一体なんの役に立つのか。
そう、思えば思うほどと、ワクワクするじゃないですか、まったく、こまったものだ。

 

 

 

オルテガ・イ・ガセット

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Chi non può quel che vuol, quel che può voglia
(欲することを叶えられない者は、叶えられることを欲せよ)
Leonardo da Vinci
1930『Misión de la universidad』、オルテガ・イ・ガセット、『大学の使命』

 スペインの哲学者オルテガ・イ・ガゼット(1883-1955)は、自分らしくない(生き生きとしてない)習慣から大衆を解き放つ、生・理性(Razon vital)の教育を推奨しました。

 自分自身に対する尊敬の念を失うことなしに、自己の本性の偽造に慣れ込むということはありえない
オルテガ・イ・ガセット、『大学の使命』

 オルテガは、平均的な水準の学生を念頭に、尊敬の念や、興味や関心の大切さを説きました。冒頭のレオナルド・ダ・ビンチの言葉も、実感を抱くことの大切さを示す意味で、引用されたものでした。 

 物事に驚くこと、不審に思うことは、理解し始めることである。
〜驚きに見開かれた目こそ知的な人間の属性なのである。
〜それだからこそ古代の人々はミネルヴァに、常に目を光らせた鳥である梟(フクロウ)を与えたのである。

オルテガ・イ・ガセット、『大学の使命』

 ミネルヴァはギリシャ神話に出てくる知恵の女神さまです。

 さらに、実感ある生活者の姿勢を、オルテガは、生活者一人一人の責任としてでなく、教育機関と教授によって育てられると考えました。
 
 骨子はこのようなものです。
 社会を支配しているのは経済性である。過去にはローマ時代、そして現代の生活圏の中に、経済性を基盤にした数の論理が浸透している。それは、驚きや好奇心を抱く人々の目に取って代わり、平均的な人々の知識を、社会の至る場面に台頭させるものだった。いまや、大学教育においては科学研究が繁茂し、人々は実証主義を掲げ、断片的に知識を扱うようになった。「これ以上、科学人はただ一つの対象だけに非常に博識であるという野蛮人であってはならない」、と。

 オルテガは著書『大学の使命』の中で述懐します。さらに、だからこそ今、
「知識の有効な総合と組織化・体系化の創造が必要である」
「そして、総合化のできる特殊の才能タイプを育成しなければならない」
 と指摘しました。

 それは、時間と能力の限られた学生の有限性に叶う人間的な方法です。

 今われわれが、その呼び名を求めているもの、すなわち、本来の意味で人間的な事柄の総体を、Humanidades(ウマニダーデス)という呼称それだけで的確に言い表そうとするなら、われわれはその過去の用語の過度に限定された意味を払いのけ、それ本来の自発性、自然性において働くようにさえすれば、それで十分なのである。
『人文学研究所(趣意書)』 

 Humanidadesという語句は、中世と近代、現代の日本にまで伝わることとなったHumanities=人文学の語源(ラテン語Humanitates)のスペイン語訳です。

自発性や自然性、生・理性、教養は、ほぼ同義のものとしてオルテガは扱いました。

(過去の用語の、細分化した学科としての人文学でなく)

 我々はかくして、大学教育は次の三つの機能からなるという結論に達する
1. 教養の伝達
2. 専門職教育
3. 科学研究と若い科学者の養成

 1.教養の伝達
 この伝達が、学生の自発性、自然性、あるいは驚嘆の目を育むものとなっているか、教育機関は絶えず注視する必要がある。
 と、オルテガが生きていたら指摘する、と思われます。

(3/2 updated)

 1955年に亡くなった彼は、その意思を反映した大学がイギリスに設立されるなど、当時のヨーロッパへの影響力を誇りました。(ノース・スタッフォードシャイア大学)

 1880年プロイセンの大学を手本として設立された日本の帝国大学は、当時、すでに研究科を大学院に設置していましたが、教養課程と専門課程のそれぞれに履修規定を課したのは、1956年になってからのことでした。のちに形骸化したといわれる一般教養課程ですが、オルテガの論旨は今でも新鮮に思えます。

 なお、オルテガが、一連の教育改革を、初等・中等教育ではなく、高等教育に絞った理由は、当時、複雑化した科学的研究の弊害が、すでにドイツ・フランスの大学に見られていて、初等・中等学校で見られなかったからとのことです。さらりと書かれた箇所がありました。

幸いにも、現在の学者世代の代表的指導者たちは、今日の科学そのものの内的必然性からして、その専門主義と統合的教養とを釣り合わせることの必要性を感知するに至っている
〜少なくとも、初等学校や中等学校の授業にすでに行われているような方法が、高等教育の中に見出されない間は、その達成を期待する事はできないだろう。

 

 

大学の使命

大学の使命

 
大衆の反逆 (中公クラシックス)

大衆の反逆 (中公クラシックス)

 

議論しない方が勇敢にみえる?

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足音

奥平康弘さんの翻訳を少し眺めました。
基本的人権」ってなんだろう。

一ページ目からわかりやすかったので引用しました。

ペリクレスは言う。
行動の大きな障害となるのは、議論をすることではなくて、むしろ議論によって得られる行動の、準備のための知識を欠いていることにある。我々は行動を起こすに先立って、考えるという固有の力をもっているとともに、また行動するという力をも持っている。ところが多くの人は無知なるが故に勇敢である。しかし、じっくり考えた場合には、尻込みするのである

ウィリアム・O・ダグラス 訳:奥平康弘
P1『基本的人権』1985

一部、イノウエ訳
議論は何も生まない、という話を聞いたことがある。だからまず行動しよう、というスローガンなどもたまに聞く。
上記では、議論が、行動の障壁となるとも書いている。


議論を経ない行動と、準備された行動と。

行動することの大事さでは、どちらも同じだ。

ただもし、考える習慣や知識のないままでは、
じっくり考えた場合には、結局、尻込みするそうだ。

そして、考えることが人間の権利のようだ。

勇敢でもろいより、考えて行動するほうが、人間ぽい

基本的人権

基本的人権