イノウエさん好奇心blog(2018.3.1〜)

MachinoKid Research 代表。元・松田公太主催 元気塾塾生。元・立教立花ゼミ生

『判断力批判』

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イマヌエル・カント
(1728-1804)第三批判書

 を取り上げました。


 同時代の、文学者、哲学者にはもちろんのこと、後世の哲学だけでなく、芸術を語る時にも、この人の文献が今でも出典として扱われます。

 また、彼の文献の難解さが、彼の人気の秘密の一つかもしれません。わかった時は登山者のような気持ちです。苦労して登頂した結果、そこから見えた太陽が美しかった、という感じかもしれません。もはや読了後には山頂に旗を立てる気持ちです。

 もちろん、カント哲学は難解だからという理由で後世に影響したわけではないです。カントから、フィヒテシェリングヘーゲルを経て、ドイツ観念論は完成した、と解説するドイツ哲学の入門書に何度も出会うほど、後人を裨益(ひえき)しました。当然、批判された面も多々あります。

 カント哲学を完成させたと称されるヘーゲルの哲学は、その後、キェルケゴールによって批判されました。また、サルトルは、カント哲学を「認識の哲学」だ。と、形骸的な哲学と見なしたほどでした(典拠を思い出したら追記します)

 キェルケゴールの批判とサルトルの批判は少し違います。

 サルトルは、自由とは「自己の深淵から湧き出る」と自己の自由を主張しました。その哲学を、同時代の社会学レヴィ=ストロース(それが正しいかは別に)批判します。「自我の檻の囚人となったサルトル」(『野生の思考』)という風に。その論調はかなりの迫力でした。

 ところで、ヘーゲルの哲学は、あたかも未来を予想するような哲学だったので、この哲学を「媒介」の哲学だと、批判したのはキェルケゴールでした。本来の自由は、言葉の媒介を必要とするわけではなく、自分の深淵にある、と主張したので、サルトルの主張とキェルケゴールの主張は似ているようですが、普遍的な知の有無について、相違があります。

 レヴィストロースやキェルケゴールは、その点で普遍性の存在を擁護します。すると、ヘーゲルへの批判は説得力があったけれど、カントへの批判は、それほど功を奏しなかったことがうかがい知れます。

 こう見ると、哲学者の戦いが面白いですね。

 ヘーゲル哲学のその後は、言わんこっちゃない!という感じです。

 当時のヘーゲルは、弁証法という哲学を有名にしました。この哲学への信頼はやがて、弁証法唯物論という論理を展開したのでした。

 ヘーゲル弁証法とは、正・反・合の過程を経ます。
 Aと否Aの統合する際に、新しいA'が誕生する。このA'が次の否A'と合わさり、新しいA"が誕生する。という考えです。すると、思想は必ず、絶対的な知へと向かっていくはずです

 弁証法唯物論とは、別名マルクス主義といいます。資本主義は、やがて社会主義を経て、共産主義へと導かれるという論理的背景に、その正統性を元に、強硬な手段も採択されてきました。よくも悪くも思想家の影響は甚大なのですね。

 

 ところで、カント自身が影響を受けた哲学者も何人もいます。普遍性の哲学を疑ったヒュームの経験哲学にも、自由を称賛したルソーの自然哲学にも、目的論を神学に高めたヴォルフにも影響を受けました。もとは天文学の専門だったのでケプラーも愛しましたし、、と話題も膨らみます。

 そこで、要点をお伝えします!

 
 カント哲学にとって、ぼく自身がもっとも有り難がっていることは何か!

 と聞かれれば、一言で『判断力批判』への取り組み、だと言います。

 というのも、カントの「判断力」への分析は、個人の潜在的才能を開花させる役目を帯びているからです。日常の中の誰にでも当てはまる調和する能力について、この著書は触れるからです。

 

 カントのいう、断力とはどのような力なのか。

 一言で言えば、思考に頼らず感情に流されず、目の前の価値を識別する力です。(この価値は心地よさそのもので、普遍的な価値です)

 カントはその能力を誰もが備えていると考えました。思考に頼らないのであれば、その判断は独善的になるもしれません。それを、どうしたら区別できるかも問題になります。検証方法は簡単です。

 重複しますが、思考に頼っていないか、感情に流されていないか、を地道に確認することです。

 すると、自分の判断が、独善的か普遍的か。或いは、主観的か客観的かを、ある程度、検証できると言います。

 なお、正しい判断が働く時、調和の心地が生まれます。その意味するところは、第三者もその心地よさを共有できる性質があり、その性質が発見された、ということです。

 これは実感する他に検証のしようがないものなので、カントの理論は仮説です。さて、この仮説の正しさは、証明は出来るのか。


 上記に書いたように、個人が実感することや、
この仮説を支持する人がマジョリティとなることでしか、証明できないと思います。

 当然、実感のない人は、カントを論駁しようとするでしょう。 

 ちなみに、前回の学習会で取り上げた「ハンナ・アレント」は、判断力を基盤に、政治論を展開しましたが、ここにも実感を伴う人と伴わない人で、著作から抱く感想は変わります。

 少なくとも、知識として哲学者が何を構想したのかを知るだけでも、面白いと思いますので、どうぞ、機会があれば、図書を手にとってみてください。 

 

 実感を持つ人が日に日に、増えていく時。

 どのタイミングかわからないですけど、世間にブームが到来するのではないかと思っています。

 心地よさを求めるのは、誰も同じですし、なにより、その実感は強烈だからです。ある日その波が訪れた時、乗り遅れないように、カントに馴染んでおくことをお勧めしたいです。

 同時に、カントの文章を読むには実体験が大きなヒントになります。だから、思考や感覚的刺激に頼らない、美しさや、心地よさを日常生活から、発見できたら儲けものです。それだけで難読書が読みやすくなります。

 個人的には、写真業に携わったという背景が読解に役立ちました。人の感情を動かすためには、感情に流されない目を養う必要があると感じていました。その経験が良い方に転んだのだと思います。

 それらの経験が助けとなると良いと思いますし、人生のどのタイミングでも「実感の能力と出会える」と、思えば、お得な文献であることは間違いないと思います。

 マチノキッド井上の、イチオシ著作『判断力批判』どうぞ、一度、手にとってみてください。

 

判断力批判 上 (岩波文庫 青 625-7)

判断力批判 上 (岩波文庫 青 625-7)

 

 

 

 

Culmination of ぼく『政治の約束』

 

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Basel University

(3.29updated)

 こんにちは。
 先月の勉強会では、『政治の約束』ハンナ・アレントちくま学芸文庫、2018)を取り上げさせて頂きました。編者は、ジェローム・コーンさんです。早速、引用文をご紹介します。

 トクヴィルは「過去が未来に光明を投じるのをやめてしまったので、人間の精神は暗がりの中をさまよっている」 と述べている…
『政治の約束』P102
 

 

 トクヴィル(1805ー1859)は、仏の思想家です。

 むかしむかし、アメリカで民主主義がはじまった当時。
 「民主主義とは多数派の専制政治」だと論じた人です。

ニーチェが、哲学者とは、いつもその周りで異常なことが起こる人間のことだ、という時、彼もまた同じことを語っている。
『政治の約束』P97

 ニーチェ(1844-1900)は、哲学者自身は、日々、驚きに溢れているけれど、それ以上でない、と。

 古くからの哲学の暗がりに、気づいていたようです。

 

 

 ハンナ・アレント

 (1906ー1975)

 この政治学の著作に触れるたび1回目2回目、彼女の展望の大きさに、驚かされます。

 『公共』とは何か、という彼女の視点が、(イノウエの眼差しからすれば)神がかっているからです。

 

 彼女の残した文面は簡単にすらっとは、読ませてくれません。

 その上、読解がすすむと、共感が広がる。という代物でもないのです。

 共感を味わおうものなら、輝かしい未来の確信に、読者を到達させるのです。ひぇー、と、ため息がこぼれるような、やんごとなき内容が語られています。

 

新しい

 

 この言葉は、古びた言葉だと、これまでは思っていました。
 新しい価値観など、実は、どこにもなく。

 過去に生まれた価値の焼き直しを、次の世代が循環させているだけだと、思っていたからです。

 

 それが、どうやら違う。

 いや、はっきり違う。

 と鉄槌を叩き込んでくるのです。

 アレントは、「創始せよ」と強く読者の背中を押します。個を重んじます。
 

 スパルタ先生なの、かもしれません。
 棘(いばら)の道を行けと、命令されてしまった感じです。

 「新しさ」というものが確かにある。自分に問いかけてみよ。と、迫ります。すると見たこともない領域に、足を踏み出そうとする感覚に、直面するのです。

 

 はぁ。

 

 アレント

 あんたは、とんでもない遺産を人類に残したな。

 ぼくは、昔から変わったところがあって、アインシュタインの文献にのめり込んだり、難解とされるイマヌエル・カントの文献を愛読書にしたり、割と特異な部分があると自分では評価してます。


 20代で芸術活動に勤しんだ後、その後、大学で
古典に触れ、かつての文人と話し相手にならせて頂いたような感覚があります。


 ですが、文献を拝受させていただいた彼らと、有意義な会話ができたのは、それは、趣味の内側だった、
からです。


 ちっぽけな自分なりに、陶酔しながら、意気揚々と活字に触れてこられたのでした。

 この二人は、ぼくのミューズです。

 日常を楽しませてくれました。

 アインシュタインの数理に対して、未だに瑕疵があると主張もしてます。が、カントに至っては、世界一重要な基礎知識を、人類に相続させようとした偉人だと、感じ入るところです。市場と欲望の均衡点や、資本主義の健全性について、着目させてくれたカントの視点は、面白いのでした。

 

 けれど、、アレント

 あんたは、ぼくのような希望を抱く酔っ払いに、氷水を浴びせてくるんです。あなたは、現実の敵が誰かを暴いてしまった。

 暴くなら、その敵の巨大さまでは知らせないで、よかったのです。希望の風船に針を刺したら、それは戻りません。

 もしその正体を暴いたなら、そのまま放っておいて欲しいのです。諦めるほうが楽だからです。

 にもかかわらず、それでも克明に、新しい対策と心構えを、次の文章、次の文章と渡って書き留めていくのです。

 そして、敵の正体は「個(自分)」にあると綴ります。

 アレントさん、あんたは何がしたいんですか。
 ゆすり屋ですか。落胆させておいて、リハビリ施設を調達して、問題を再設定して、攻略の道具を選ばせる。そして

 君が用意するのは、あとは、勇気だけだよ。

 と、舞台を設えるのです。
 そんな風に思わせるハンナ・アレントという人は、過去の天才や哲学者を、ジャニーズスターのように祭り立てて、あとはぼくらを現実に連れ戻します。

 祭りは終わったぞ

 さぁ、現実社会で命を燃やせ、と言ってくるんです。

 生きる人間にできることはまだあるんだと、、。


 そういうわけで、一市民にとっては、骨の折れる文章なのでした。そして、見方によれば、アレントの著作は、過去からの「手紙」なのです。凡庸なぼくは、話の大きさに目を丸くするわけです。

 話を、アレントの展望に戻します。

 アレントの独自性は、この点にあります。

 

 娯楽⇆消費⇆生産活動⇆娯楽…

 

 この日常の生活スタイルから、ある資源を浪費させないための、ライフスタイルを提案した事です。

 その資源を回収するライフスタイルと、それを稼働させる方法を文章に
まとめたのが、アレントの業績です。

 それは、「知識の永久の奴隷になるだろう」とご指摘なされるところの無批判生活から、市民を解放する方法論です。

 この時の資源とは、人間の思考力と尊厳です。

 

 独特なのは、資本主義社会の内側で可能なヴィジョンとして、それを考案したことです。内側というよりも、資本主義の中心を描いたことです。それも、過去のどんな哲学者も描けなかったような方法で、です。 

 

 異論はさまざま、あるかと思います。
 ぼくの許容量の範囲で彼女の論点を超訳すると、
上記が、アレントの背骨です。用いる用語も、一旦、自分の言葉に置き換えています。

 

 アレント『カントの政治哲学講義録』を見ると少しわかるかもしれません。

 

 文化財の正当な尊厳は、それらが「物」であること、すなわち、「世界の恒久的な付属品」であることのうちに存する。その「卓越性は、生命過程に抵抗する力によって測られる」 

 生命過程に抵抗する力によって、尊厳(人間らしさ)が測られるそうです。

 娯楽は、厳密な意味では消費財であり、人間の「自然との物質代謝」の不可欠な部分(生命過程)である。  

 生命過程とは、ぼくらの生活スタイルです。文化財は、その代謝とは一線を画します。

 人間の尊厳は、文化財として形となり、『人間の条件』の根拠であり、『政治の約束』によってのみ確保される唯一の資質だと、アレントは論じます。

 その方法は、個の卓越性(差別化)にあると、アレントは口を酸っぱくして言うのです。

 その職業の動機となっているのは私的なものに対する配慮(cura privati negotii)か、公務に対する配慮(cura rei publicae)か?
 『人間の条件』PP138ー139

 一般的に、「公」の対概念は、「個・私」のように思われがちです。
 ですが、アレントは、
個の内側にもある「公」と「私」を区別します。


 この個人の内側の「公」が、また別の人の「公」と繋がる場が、「公共領域」です。
アレントはこの領域に配慮せよと、読者を誘います。

 それは、個人の安寧と自由を保障するため。

 というわけではありません。

 個人が人間らしくなり、自由を得ることは前提です。それによって、結局のところ、思考停止に陥らない、あるいは、全体主義に陥らない、寛容な社会が形成されるからです。その町には、ぼくたちの市民の独自性が十分に発揮される機会に恵まれます。

 

 言論と活動は単なる肉体的存在と違い、人間が言論と活動によって示す創始にかかっている。しかも…人間を人間たらしめるのもこの創始である。

 『人間の条件』p286

  

 はじめましょう。

 と、アレントは呼びかけます。

 

 カントは人間科学にまつわる膨大な資料を、この世に残しました。その後、余生を静かに過ごしました。

 アレントは、彼らが残した遺産を、息の途絶える間際まで、現実に運用するにはどうしたら良いかと歴史上の様々なアイディアを結び合わせていきます。

 「過去の光明」を現代に灯すように、その集大成を書籍に残しました。

 その凄みは、ぼくにとっては翻訳本からではありましたが文面の節々から感じるのでした。

 ぼくにとって3冊目となる、アレントの著作『政治の約束』を通して、不思議と、非力な自分に直面しつつ、綱渡りをしているかのような緊張が、下の方から伝わってくるのでした。

 足元がスースーする感じです。
 少なくとも、アレントさんの「手紙」を、読むべき人が読めるように、主観的な視点の、ブログですがアレントに対する、思いを書かせていただいた次第です。

 

 ぼくはぼくで言い訳を探すのをやめたい。と、そんなことを思っています。

政治の約束 (ちくま学芸文庫)

政治の約束 (ちくま学芸文庫)

 

 

  

『ピエール・ブルデュー(1930-2002)』

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 月一の学習会にて、今回取り上げさせていただいたのは、仏社会学ピエール・ブルデュー1930-2002)、テーマ図書は、藤原書店ピエール・ブルデュー1930-2002)』(著 加藤晴久)です。

 

 ブルデュー社会学者です。ある哲学者の主張、例えば、寛容を育てる感覚は美意識を元にする、だった場合。
 この感覚を、統計学的に分析するのがブルデューでした。
 

 早速、対談内容から、興味深かった点を引用します。

" ペンで紙の上に書く、チョークで黒板に書く、大きく描く、小さく描く、いろいろですが、一人の人間が書くものには固有の形、姿、特徴があって、それを見ればすぐ、これはあなたの書いたもの、これは私の書いたものとわかります。多様性を超えたところに、ある統一性があるわけです。p27"

 なにをしてもその人の跡が残される、ということでしょうか

" これがどのようにして形成されるか。興味深いのは、ハビトゥスは明らかに後天的に獲得されるのですが、それの獲得のされ方は全く無意識的であるということです。ハビトゥスという私たちの中にある原理、文法は私たちに左右できないもの、私たちの統制の及ばないものであるということです。p27"

 ハビトゥス≒生成原理、個体差の原理かと思われます

" 決定論を認識することによって一つの自由を獲得できるのです。(略)例を挙げます。デカルトスピノザライプニッツら古典哲学者は、人間は情念を持っていると言っています。彼らが情念について語っていることは私がハビトゥスについていうことと同じです。情念を変えることは難しい、情念を変える一つの方法は情念を知ることだというわけです。p28" 

 この取材に対して、対談の著者、加藤氏はこう返答します。

 

" よくあなたは、重力の法則があるからこそ飛べるのだとおっしゃいますが、そういう意味での自由ということですね。p29"

 興味深いやり取りを、垣間見ることができました

 人は環境に束縛されているとは、よく言いますが、情熱に束縛されているという、視点は新鮮でした。想像力があるからこそ、身にしみる拘束力です。

 

 そこで、目下、ぼくにとっての興味は、ハビトゥス(≒生成原理)を知ることで、いったい、どのような自由を得られるのか、という点に移ることになりました。

 実際には、あまりピンときておりません。
 どういうことでしょうか。

 

 この機会に、彼の主著の一つ、『ディスタンクシオン』を手に取り、ざっと眺めてみました。すると、ぼく自身があるハビトゥスを知ったことで、生きる意欲を発揮していたことに気がつかされたのでした。

 

   その、意欲とは、

「ブログを書くことです」

 

 ちなみぼくのハビトゥスは「判断力」を知ったこと、また「判断力の原理」を知ったこと、さらに、この原理を知ることになったぼくの生活環境そのものが、ハビトゥスだったと、気がつかされました。

  冒頭のメタファーに置き換えれば。一連の生活の因果関係が、ぼくの固有の筆跡です。

 

   ブルデューの著書『ディスタンクシオン』の副題は、『社会学判断力批判』です。ここで『判断力』がブルデューにとって重要なテーマだったことがわかります。

 『判断力』は、哲学者カントの批判哲学の一つです。前知識のおかげで、ブルデューの理解も進みました。

 『ディスタンクシオン』フランス語で、Distinction=識別を意味します。

 転じて、≒卓越化、と訳されました。

 人と自分との違い≒個性は、差別化の結果だと考えたわけです。この差別化≒卓越化は、どのような資質をその人の個性として扱うのでしょうか、気になるところです。

 

 自分がもしコカ・コーラを好きであれば、コカ・コーラを毎日飲んでいる、というだけでその習慣を、その人の個性と言って良いか。

 どうでしょうか?

 ブルデューの手本となるカントの『判断力批判』に拠れば、それは個性とは呼びません。

 彼らの言うところの「卓越」でもありません。なぜなら、この事例は、味覚という感覚的判断が働いた結果に過ぎないからです。純粋な判断力とは、身体感覚にも習慣にも囚われない生得的な判断力です。

 この判断を趣味判断と呼ぶにしろ、これが最もその人らしさを反映する生まれ持った能力だとすると、単に美味しいから、という理由でコーラを好きになった場合には、その人らしさとは関わりを持たないことになります。

 

 たとえ、コーラが好きでも味覚だけを根拠にすれば、人との差別化を意味する、ディスタンクシオンの条件には合致しない、ということです。

 

 これらを踏まえると、現代アートはどのように卓越化が図られているのか、という視点で、作品を見るのにも役立ちます。

 

 例えば、村上隆氏の作品の特徴だと思っていた「圧倒的な迫力」は、もし、この点だけを論じれば、その作品の持つ刺激は、感覚的判断の働く領域であるために、趣味判断を扱う、卓越の評価の対象とはならないと、わかるのでした。

 

 芸術や美学まで、守備範囲の広いこの『判断力』は、この原理を知ったことで、さらに哲学に興味を惹かれ、自分の生活環境を再構成していったのだと思います。ここに、ハビトゥスを感じないわけにはいきません。それを知ったことで、自由を1つ増やしたと言えるのかと思います。

 

 今回も、学習会を通して、独学も続けた結果、実りあるものとなりました。読んでいただいた方ありがとうございました。

 

 次回の学習会。

再び、ハンナ・アーレント『政治の約束』を取り上げます。

 

 

 

『人間の条件』 (ハンナ・アーレント、1958)

 この著書は、志水速雄氏によって1994年に翻訳されました。英語版の『Human Condition』を基に翻訳されましたが、アレントの主題を的確に表したのは、もしかすると、母国語、ドイツ語版『VITA ACTIVA』だったのかもしれません。ラテン語で意味するところの『活動的生活』です。

アレントは画一主義・行動主義と戦う哲学者です

 知識と思考とが、永遠に分離してしまうなら技術的知識の救い難い奴隷となるだろう p13

 これに勝るとも劣らないほど驚異的なもう一つの出来事は、もっと身近にあり、やはり同じように決定的である。それはオートメーションの出現である。p14

 行動主義(ビヘイヴィアリズム)とその「法則」は、不幸にも、有効であり、真実を含んでいる。人々が多くなればなるほど、彼らはいっそう行動するように思われ、いっそう、非行動(活動)に耐えられなくなるように思われる p66

世の中の趨勢から解放される「活動的生活」を提唱しました

私の意図は…「活動的生活」の活動力の政治的意味をある程度確実に明らかにしようとすることである。p110

歴史は「活動」を、なかなか明確に区別しませんでした

伝統的ヒエラルキーにおける観照の圧倒的な重みのために、「活動的生活」それ自体の内部の区別と明確な文節が曖昧となった…

この状態は、近代が伝統と訣別し、最後にマルクスニーチェがこのヒエラルキーの順位を転倒したにもかかわらず、本質的には変化していないということだけである。p31

 私たちにとって重要なのは、その後の事態の発展のために、このような区別を理解しようとしても、それが異常に困難だということである。私たちの理解では、この境界線は全く曖昧になってしまっている。p49

 

新しい公共とは

労働・仕事・活動の区別を明確にすること

※「労働」は私財・消費財を生む働き、「活動」は公共・世界につながる働き

 無世界性の経験に厳密に対応している唯一の活動力が、労働なのである。p172 

このような生命過程の内部では、人間は労働する力を得るために生き、消費するのか、それとも逆に、消費の手段を得るために働くのかというような、目的と手段のカテゴリーを前提とする問いを発することは意味がない。p235

 人間の活動力は、すべて、人々が共生しているという事実によって条件づけられているのだが、人々の社会を除いては考えることさえできないのは、活動だけである。p43

※「仕事」とは制作や生産物の事
 ときに消費財(労働の結果)になり、ときに生産物(活動の結果)になる

「社会化された人間」の内部では、労働と仕事の区別は完全に消滅するであろう。

 なぜなら、すべての物が客観的で世界的な特質において理解されるのではなく、生きた労働力の結果であり、生命過程の機能であると理解されるために、全ての仕事が労働となるからである。p143

社会が自ら進んで受け入れている唯一の例外は芸術家であって、かれらは、厳密にいえば労働する社会に残された唯一の「仕事人」である。p189

公・私の区別を明確にすること

 「公的」という用語は、世界そのものを意味している。p78

 ある活動力が、私的に実現されるか、それとも公的に実現されるかということは、決してどうでも良い問題ではない。p71

 公的領域のリアリティは、…無数の遠近法と側面が同時的に存在する場合に確証される。…他人によって見られ、聞かれるということが重要であるというのは、すべての人が、皆このようにそれぞれに異なった立場から見聞きしているからである。これが公的生活の意味である。p85

 時間と労力が一層多く費やされているのは、私的領域においてか、公的領域においてか?その職業の動機となっているのは私的なものに対する配慮(cura privati negotii)か、公務に対する配慮(cura rei publicae)か? p138

・私的配慮
 
(労働生産物、生命過程…)

 ※労働の目的は、ほとんどが消費活動に向けられている。目的は多様であっても、最終的にはほとんどの場合、私的消費に結びつく。

 労働と生命過程の循環運動の結びつきを強調するのは珍しくなかった。例えばSchulze-Delitzschは、その講義Die Arbeit(Leipzig,1863)にて、「欲望ー努力ー満足」の循環を描くことから始めている。「最後の一口ですでに消化が始まる」p207

近代社会では、…生産は何よりもまず消費のための準備行動であって、ここでは、「工作人」の活動力の特徴としてあれほどはっきりしていた手段と目的の区別そのものが単純に意味をなさなくなっているのである。p235

・公的配慮

 (公的生産物・言論・活動…)

 ※アレントの言う「生産」とは、個人の創意工夫、卓越性の発揮される公的活動。公的世界で耐久性をもつ物質や政治体制を意味する。

 ギリシア人ならareteと呼び、ローマ人ならvirtusと名付けたはずの卓越そのものは、いつの場合でも、人が他人に抜きん出て、自分を他人から区別することのできる公的領域のものであった。p73

 教育も、創意工夫も、才能も、人間の卓越にふさわしい場所となっている公的領域の構成要素に取って代わることはできないのである。p74 

活動と言論の「生産物」があり、それらはともに人間関係や人間事象の網の目を構成する。p149

 活動と言論の「生産物」は、そのままの状態では、ほかの物が有する触知性を欠くだけでなく、消費のために生産されるものよりも耐久性がなく、空虚である。

 それらが、世界の物となり、偉業、事実、出来事、思想あるいは観念の様式になるためには、まず見られ、聞かれ、記憶され、ついで変形され、いわば物化されて、詩の言葉、書かれたページや印刷された本、絵画や彫刻、あらゆる種類の記録、文書、記念碑など。要するに物にならなければならない。p149 

ここまでたどり着いた方に質問です

 言論と活動は、人間が物理的な対象としてではなく、人間として、相互に現れる様式である。この現れは、人間が言論と活動によって示す創始にかかっている。しかも、人間である以上、止めることがでいないのが、この創始であり、人間を人間たらしめるのもこの創始である。p286

「活動する」というのは、最も一般的には、「創始する」「始める」という意味である。p288

活動しますか、労働しますか?

 論旨は複雑かもしれませんが、著書からは、アレントの見識の凄みを随所に感じることができます。ぜひ手にとってみてください。

 

 

人間の条件 (ちくま学芸文庫)
人間の条件 (ちくま学芸文庫)
 

 

書評『国家と宗教』南原繁

  月一の学習会で、一冊の本を題材に意見交換をしており、今回、図書館司書の方に勧めていただいたのが、この著書でした。
 著者は、内村鑑三氏の弟子です。その内村氏の文章も先日マチノキッドリサーチで取り上げさせて頂きました。今回その南原繁氏の著作、『国家と宗教』の書評です。

(1/10updated)

 著者、南原繁氏は1889年、香川県に生まれます(没1974)。1914年に東大法学部入学し、25年に教授。終戦の45年には東大総長に就任されました。
 サンフランシスコ講和条約に関して米国との単独講和でなく、国連との全面講和(日米間の安全保障条約でなく、国連か戦勝国それぞれと安保条約を結ぶ方針)の方に正統性があったと主張し吉田茂氏の論難を受けるなど、世間の注目を集めた人でした。当時シゲル対決と煽られたでしょうか…

 本書『国家と宗教--ヨーロッパ思想史の研究』(2014、岩波書店)では、古代ギリシャから現代に渡る西洋の精神史を軸に、国家と宗教の共存の是々非々が論じられます。さらに、独・哲学者イマヌエル・カント(1724-1804)の哲学から、国体と信仰の共存の可能性が指摘されます。

 南原氏は特に、カントの『実践理性批判』の哲学を中心に論を展開しており、実践理性に関する前知識のない方には難読書に違いありません。親しみの無い方は、 マチノキッドリサーチに掲載されている※補足 も参考にしてください。
 近代哲学を基礎づけたカントの哲学の、中でも道徳を扱う『実践理性』について知っておくと、この著書は読みやすくなります。

 本文は、古代ギリシャの話から始まります。ソクラテス以前の啓蒙時代、哲学者は議論に勤しみ、個人精神を高めました。人間を世界の中心に据える契機となりました。一方、中世の宗教国家においては、国体と教会の積極的な結びつきが人間性の没落を招いたと著者は示唆します。
 南原氏の着想は、一方で人文主義を重宝しますが、過度な人間中心の思想が、普遍的知性を埋没させるというものです。
 さらに、人間復興の時代と称されるルネッサンス期を、古代の啓蒙時代の再来と捉え、また、中世の宗教国家の人間性の没落を、ナチスドイツの授権政治と、重ねて捉えたのでした。 

 あらゆる時代に矛盾を孕む人間史において、自由意志と普遍的知性が適度に折り合う、人間理性の可能性に南原先生は着目したのでした。こうして、描かれた論旨は明快です。

 『実践理性』への信仰が、個人精神と理想国家を共存させる
との論旨です。
 ちなみに、イマヌエル・カントは、神という言葉の使用を避けました。個人の美意識の源泉は、ヌーメノン(Noumenon≒知性界)にあると捉えました。この美意識が人々の経験する世界(Phenomenon)に反映されると考え、そのときに働く理性を、『実践理性』と呼びました。経験に基づく『理論理性』とは明確に区別されたのでした。

 「神」という語を使わずして、(平易に言えば)あの世とこの世の二つの理性が両立する、と説いた開眼は、カントをして近代哲学のパイオニアと言わしめる所以です。

 

 ところが。
 再び、南原先生は「神」を掲げたので面白いです。カンティアンからすれば驚きかもしれません。

 我々の一切の義務を人間自らの意志の原理としてでなくして、神の命令として認識することにより、ここに人間無力の補いとして神の意志が「協働」する P166

 神の登場です。
 南原先生は、神の意志が「協働」することで『実践理性』が働くと明示した点は、哲学と神学を重ねる興味深い視点です。

 この点が世界の哲学史からみて、どのように位置付けられるのかはわかりません。
 もしかしたら日本独自の視点なのかもしれません。信仰の対象が宗教だった時代、あるいは、哲学の対象が合理性だった時代から、カントは人々を解放しましたが、南原先生は、信仰の対象を、人間の側に再び呼び戻したのでした。

 この姿勢が、直接の教えを受けた内村鑑三氏の思想的系譜の流れにあることは想像に難くありません。内村氏も同様に、デンマークキルケゴールの実存哲学に共感し、自ら、キリスト教無教会派と言われる、宗教と哲学の共存の思想を牽引した人だからです。

 西洋哲学と信仰心の間に、血の巡るような思想の系譜が、この日本に存在していたことが分かります。この点から、本書が歴史的に着目されるべきものと思わされ、その構成は爽快に思えるのでした。

 上記の視点から、南原氏の『国家と宗教--ヨーロッパ精神史の研究』は、日本において消えかかる信仰と哲学の深く関わる領域、あるいは、宗教者の言うところの「神学」の眼差しを、再び、一人の人間の「実存」に呼び戻す、実践的な著書であるばかりか、この信仰へのまなざしが岩波文庫の再販の目論見に適うのであれば、現代出版界における見事な采配だと指摘せずにいられません。
 なお、書名に掲げる『国家と宗教』の「国家」に関しての言明は少なく、かつ理想的な政治体制の実務を指南するガイドラインではありません。
 その意味で本書は純粋な思想書と言って良いかと思います。

 

 

 

 

バーゼルにやってきました

(11/20 updated)

 前回のブログで書いたカール・バルト本人は、かつて、スイスの都市バーゼルで教鞭を振るっていたこともあり、2018年11月3日から10日までのイノウエのパリ・バーゼル滞在期間には、現地での彼の痕跡を見つけることができました。

 その日、5日月曜日。城壁に囲まれた街の、そのまた中心地では民芸品や食料を扱う屋台が賑わうのでした。その市場に覆われるようにして、目当てのバーゼル大学はありました。道すがら、スイスならではの洗練されたデザインと、時折ユーモアある彫像が、その国民性を感じさせたのでした。

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 学生課を訪ね、場所を確認すると、喧騒から離れた一角、閑静な佇まいの建造物に神学部が入っているのがわかりました。

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 Theologische と書かれた校舎の門扉を開けると、こじんまりとした教室に数人の方がおり、昼食をとるところでした。一人の学生に気をかけて頂き、案内されるがまま、教室に入るのでした。カール・バルトの話をお聞きすると、「今では、ポピュラーではないけれど、彼がここで教えていたことを示す肖像画が、中にある」と、回廊の中へ誘ってくれました。

 

 その肖像画がこれです。

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 なんというか、 ケンタッキーのおじさんみたい...

 
 ところで、カール・バルトの功績は、イノウエのわずかな知識では、あまりあるので記述は避けます。ですが、少なくとも

 個人と信仰の関係を、社会制度と国家に結びつけて論じた姿勢に、イノウエは刺激を受けたのでした。

 前回ブログで紹介した宮田先生の見解と、バルトの著書を少し読んだ範囲でいえば、このような姿勢が見えてきます。

 時の政権、社会制度の不平不満を、大抵は、ある地域・集団の利害、個人の思想信条に照らし合わせて論じます。この時の立場は、福祉やサービスのまったくの受容者としての立場です。

 バルトの立場は、少し違うのです。

 それは受益者というよりも、国政の構成員としての視点だからです。 

 例えば、「表現の自由」一般的には、個人の権利の視点から語られます。ですが、バルトの場合は「恩寵」を受ける人間の生活条件に着目するような捉え方をします。

 人が、社会と横につながっていると考えるよりも、
「人は信仰によって、上との垂直の関係に生きる」と、考えるバルトならではの着想かもしれません。

 ところで、今月、学習会をやります。
「国家と宗教」を著した南原繁先生の本をとりあげます。

 キルケゴールの実存哲学を支持した内村鑑三氏の、そのまた教え子の南原先生ですが、カール・バルトの視点と重なるところは、面白いです。 それは、

 人間の基盤になるべき価値が何か、その価値を醸成する国家はどのように形成されるのか。

 という着想です。

 この問題意識は、教科書で習った「社会契約論」にまで届きます。
 税金を収め、その見返りに社会的保護を受ける。契約論思想は、なぜ問題視されるのでしょうか。

 不思議ですね。


 バーゼルでは、そんな南原氏の着想と、バルト氏の信仰とを重ねながら、彼らの言うところの「恩寵」の価値について、問いを膨らませる滞在となりました。

 これはこれは、ますます、新しい境地が開かれそう。

 学習会も面白くなりそうです。

 僕も、かつてのバーゼルのように、城壁に囲まれた緊張感ある安全地帯を、胸の中に設けて、まだまだ学びたいと思わせられます。

 

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『カール・バルトーー神の愉快なパルチザン』

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渋谷にて

 

  今となっては、この人物の名前を知らなかったひと月前までの自分を恥じてやりたい。過去にタイムスリップして、無知な自分の頭をバリカンで丸めてやりたい。そんな思いがいたします。

カール・バルト(1886-1968)

 この人物は、第一次大戦後、次の大戦へと突入していく不穏な空気を纏うドイツを憂いながら、厳しく、そして雄弁に生きたスイス人です。

 ナチスに敵視され、ドイツ・ボン大学での教職を奪われ、故郷スイスに追放されるようにして帰国した後も、登壇を希望する同朋のために、危険を顧みずドイツに再入国し、代理人を立てて講義を行うような人でした。彼のことばは多くの人に切望されました。

 実際に、バルト本人の講義を受けたことのある『カール・バルト』の著者・宮田光雄先生の記述には、当時のバルトの人柄のわかるエピソードが掲載されております。

〜 かつてのバルトの学生たちや支持者たちが待機して押し寄せ、講演終了後には嵐のような歓呼の声がわき起こった。非常に驚いた国家警察は、同じ日の夕刻には、急行列車にバルトを乗せて国境まで連行し、国外に強制退去させた。監視のため同行した警察の担当官は、スイスの途上でバルトの奔放な応対にすっかり翻弄され、最後には心服させられしまった P86『カール・バルト

 バルト本人は、ユーモアに溢れ、授業では笑いが絶えなかったそうです。

 それはボン大学だけでなく、スイス・バーゼル大学に招聘された時も同様で、同じ大学にて教鞭を振るったカール・ヤスパースの厳格な授業とは対照的だったそうです。学習会の時に、聞き知ることになりました。

 学習会というのは、イノウエが月一回のペースで開催しているもので、勧められるがままに取り上げたテーマが、幸運にも『カール・バルト』でした。

 何を学んだのか。一言で表すなら。

 本当のことが何か、それを感じとる人の言動から、自分自身の大切にするものまで更に強められた、と思えるところです。具体的には、自分のブログの長所を、より好きになれた感覚があります。

 少し付け加えるなら、ある時期の政治権力や、はたまた大衆の同調圧力に押し迫られる状況があったとしても、むしろその状況を、言い方に語弊があるかもしれないですが、気楽に乗り切れると、知ったような気がしたのでした。

 バルトはそのような軽快な判断力で苦境を生きた人でした。

 ナチス政権に寛容を要求する旨の手紙を送りつけたことなど、一見、普通の人であれば無謀に思える振舞いも、この人に限っては無茶でも攻撃的でもなく、いたって冷静に淡々と人間性を大事に生きていると感じさせる。そんな活動家のバルトの強さを、宮田氏は巧みに、正直に著書の中で描いたように思えます。

 バルトの芯となる思想信条は「神学的実存」という哲学で語られます。キリスト信仰は、大勢の日本人にはわかりにくいと思うので、私の理解も主観にすぎるのかもしれないですが。望みある未来や、公の秩序ある世界をぼんやりとイメージする時、そのイメージへの親しみの大きさが、キリスト教徒における信仰心と似ているような気もしております。

   というのも、ヨハネによる福音書の1章1節に「はじめにことば(logos)があった」と記されるのですが、もともとギリシャ語のlogos=λόγοςは、言葉だけでなく、理性や、論理や、ことわり、などを意味しました。仮に、この一節に基づけば、理性は人間を超えて社会全体に広がる、というイメージを抱きやすいからです。

 いずれにしても、このような引用がわかりやすく感じました。

本来的な意味では主体性や自律性について語ることができるのは神のみである。しかし、キリスト論を通して、派生的には、人間についてもまた主体的実在であることが認められるのである

 各自命じられた信・望・愛を実践していかなければならない

それは無条件的・無批判的な心中ではなく、政治的な共同責任の遂行を意味する。 

 国家権力と市民の間に、単に境界線が引かれているわけではなく、市民としての責任がある。という厳しいメッセージが読み取れます。

 平和を願うとすれば、一市民として果たすべき普通の事柄に血を通わせて、生き生きと、まさに実存的に生活することが、個人の責任に結びついている、と御指南いただけた、そんな読了感がありました。

 生真面目度が高い論旨ではありましたが、嫌いではありませんでした。なぜなら、バルト本人が快活で、淡々と生きた人物に描かれているからです。

 

 更にくわしく知りたい人は、ぜひ著書を追ってみてください。

 ちなみにバルト本人が、好んで自らを形容したとされる「神の愉快なパルチザン」のパルチザンとは「遊撃兵」の意味なんです。

 

カール・バルト――神の愉快なパルチザン (岩波現代全書)

カール・バルト――神の愉快なパルチザン (岩波現代全書)