イノウエさん好奇心blog(2018.3.1〜)

MachinoKid Research 「学習会」公式ブログ ゼロから始める「Humanitas/人文科学」研究

『パサージュ論 I, IV』(2020, ヴァルター・ベンヤミン)

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2019年パリ

10月5日

参加者3名

 

 2021年2月よりNHK大河ドラマ『青天を衝け』が始まり、明治初期に活躍した渋沢栄一の勇姿を見ることができる。1867年、渋沢はパリ万博へ訪れるのだが、このパリ万博を中心とした渡仏経験によって、渋沢は日本にまだ見られない資本主義の基本的な仕組みを学んだと言われる。

 ところで当時のパリ万博そのものは、まだ生まれて間もない社会主義思想の影響を受けていた。産業によって階級の上下を問わず豊かになることを目指す社会主義の思想いわゆる、サン=シモン主義が当時のパリに浸透していたと、いくつもの資料が示している。したがって、資本主義の父とも謳われる渋沢栄一の学んだ経済思想は、実は、初期の社会主義だったということになる。

 

 今回の学習会では『パサージュ論』を2冊取り上げたが、その理由はこのサン=シモンへの好奇心があった。この人を始め、フーリエマルクスと、当時の社会主義思想家の項目が、パサージュ論4巻に用意されており、また1巻には、全5巻に渡る『パサージュ論』の全体を見渡す『概要』が用意されている。

 1巻の『概要』は欠かせないとのアドバイスも頂き、今回は思い切って2冊ともに学習会の課題図書とした。それぞれ該当箇所は各巻のうちの一部だが、おかげで緊急事態宣言での休会中の期間も、充実した時間となった。
 『概要』は、ドイツ語版と、内容の若干異なるフランス語版とがあり、扱われる題材は多岐にわたる。仏詩人ボードレールアレゴリーについて描かれ、思想家ブランキの憂鬱が描かれ、パリ万博の華やかさが描かれている。どの題材も、パリの都市計画の期待と衰退に関連して描かれており、結局は、ニーチェ永劫回帰が描かれている。この記述だけを見れば何を言ってるか見当がつかないかもしれないが、気になる方は本書を読まれることを薦めたい。

 

 著者、ヴァルター・ベンヤミン (Walter Benjamin 1892~1940)は、ドイツ国籍のユダヤ人である。彼はナチスに追われ、若くして、ピレネー山中にて自害する。それまで、彼自身が残してきた原稿については、その安否を最後まで気に留めていたことが知られている。学習会の後に知ったことだが、亡くなる6日前にも同じドイツ国籍のユダヤ人哲学者ハンナ・アーレントと会っており、自筆の草稿(『歴史の概念について』)を、彼女に託している。

 なお、これらの原稿はベンヤミンの死後も発行されないままだった。アーレントはその状況を憂慮し、自らの手で原稿を複写し、出版にまでこぎ着けており、この時の彼女の奮闘を、岩波新書ヴァルター・ベンヤミン』(柿木伸之)より、知ることができる。

 生前、ベンヤミンは、『パサージュ論』の原稿が検閲により破棄されることを恐れていた。しかし、現在、我々がこの原稿を読むことができるのは、亡命前に、フランス国立図書館の司書、ジョルジュ・バタイユによって原稿が保管されたからである。ベンヤミン交友関係にあったバタイユは依頼を受け、図書館内に原稿を隠し、当局の目から遠ざけ、さらに第二次大戦ののちに再びそれらを見つけ出し、欠番はあったものの、これらが編纂されて出版に至った。最初の『パサージュ論』が発行されたのは1982年になってのことだった。

 岩波現代文庫からは2003年に出版され、岩波文庫からは2020年に発刊され、新刊が出たのを機に、学習会でも取り上げることとなった。

 ベンヤミンの著作を、容易に購入できる我々にとっては、身に沁みるものがある。そんな『パサージュ論』である。

 

 ベンヤミンについて少し紹介させて頂くと、辞書には下記のようにある。

 ドイツの批評家。フランクフルト学派に属し、独自の美学的象徴論や寓意論を展開。ナチ時代は亡命地のパリなどでマルクス主義的芸術論や社会史研究を行う。パリ陥落後、逃亡の途上ピレネー山中で自殺。著「ドイツ悲劇の根源」「パサージュ論」など。広辞苑 第7版

 彼は寓意論を展開したことで知られる。寓意、すなわちアレゴリーになぜ着目したのか、と言う点にここでも着目したいと思う。

 ベンヤミンの頻繁に引用する仏詩人ボードレールも、このアレゴリーを好んで用いた。彼らが着目した寓意論は、おそらく『パサージュ論』を理解する上で鍵になる。鍵になるばかりか、私たちの生活に現れる美術品にも商品にもアレゴリーが結び付いており、そこに多様な相が生まれる。この良いとも悪いとも判別しにくい現実を、彼の寓意論は私たちに突きつけてくる。

 Allegory アレゴリー(=寓意)とは、言い換えれば、比喩であり、この著作では象徴と異なるものである。

アレゴリー:喩(タトエ)。比喩。諷喩。寓意。特に、18世紀以降には象徴と対比して用いられ、他の観念を一義的に示唆する記号や表現法と見なされた。広辞苑 第七版

 18世紀以降にアレゴリーは、象徴と対比して用いられた。なお、20世紀を代表する哲学者ハイデガーの記述を参考にすれば、アレゴリーは芸術作品にとって不可欠である。

…物的なものに付帯しているこの別のものが、芸術的なものを為すのである。確かに芸術作品は製造されたものであはあるが、しかしそれはさらに単なる物そのものとは何か別のもののことを言っている。すなわち、アロ・アゴレウェイ(別のものをいう(άλλο αγορεύει))である。作品は、別のもののことを公表し、別のものを明らかにする。つまり、作品とはアレゴリー(寓意)なのである。P15『芸術作品の根源』

 一方で、アレゴリーへ対する軽蔑が生じている。下記の記述を参考にしたい。

 アレゴリーというかくも精神的なジャンルを、不器用な画家たちのせいで、我々は軽蔑する習慣が身についてしまっているが、これは、まさに詩の原初的で最も自然な形態の一つであり、陶酔によって掲示される知性において、その正当な支配力を取り戻すのでる。」ボードレール『人工天国』(ボードレールの念頭にあるのが、実際にアレゴリーであって、象徴ではないということはこれに続く箇所からも疑問の余地なく明らかである。)寓意家としての蒐集家。p21『パサージュ論2』

 アレゴリーへの軽蔑はまず、美術作品に見られたと言う。宗教画は寓意的である、あるいは美術史に現れた象徴主義と言った流れもある。こと、『パサージュ論』においては、仏の諷刺画家グランヴィル(1803~1847)の寓意的表現に注目しており、この画家の洗練された寓意的表現の行くつく世界が描かれている。しかし、この画家の最後は、まがりなりにも良いものとしては記述されない。アレゴリーの両義性に我々は直面することになる。

 一方、学術的な記述にとっても、アレゴリーは忌避される傾向がある。

 アレゴリー比喩であり、なにものも証明しない。それは論証の技法としては力不足だからだ。アレゴリーによって、事物と事物を結びつける抽象概念を、別の共通項に結びつけることができる。しかし、その一連の結び付けは、だれかの主観を通してなされる。寓意による譬え話や物語は、人々に何らかの様相を示すことができる一方で、客体化された事実を明らかにできない。

 ところで、18世紀以降、アレゴリーとシンボルが区分された。仮にこの区別を、幻想に結びつく記号と、事実に結びつく記号と言う風に区分すれば、一旦は、説明がつきやすいかもしれない。が、この詳細な考察は、他の場で行いたいと思う。例えば、米の論理学者パース(1839-1914)が行った記号論の分析からも多くの知見が得られるはずだ。

 

 何れにしても重要なのは、ベンヤミンボードレールも、いっときは衰退したかに思えたアレゴリーの主観的表現そのものの価値を見直すところである。ベンヤミン「その正当な支配を取り戻す」という言葉を引用する時、アレゴリーの深みや意義を再提示している、と思えてくる。アレゴリーは商品に付加価値を与えつつ、都市に幻想を生み出すが、その一方で、この幻の中に潜む危うさも同時に露呈するからだ。

 そのようなアレゴリーの両犠牲に着目して検討される政治哲学や都市計画に着目しなければ、現代社会の重要な問題は十分には咀嚼できないと、推察せずにはいられない。少なくとも、このような現代的な役目を「アレゴリー」が請け負うと考えれば、いよいよ、ベンヤミンの仕事が現代に受け継がれた意味も理解できる。

 

 と言うわけで、今回の学習会は、意見交換を踏まえて、上記のような仮説にも思いが広がる良い時間となった。

 2003年、2020年と長い期間を経ずに出版された『パサージュ論』だが、岩波書店の思惑も気になるところだ。

 何より、ベンヤミンの知見に触れ、頭の中には、それまでなかった寓意表現への好奇心の扉が開かれた気がする。それは、好奇心の扉、あるいは、都市の発展に不可欠な散歩者への扉、かもしれない。

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 余談:

 一昨日、神保町の元・岩波ブックセンターの跡地に寄ってみると、ブックカフェに変わっていた。岩波の書籍に囲まれて飲食ができる。たまには行ってみようと思う。

 また、来年1月より岩波ホールにてジョージア映画祭が開催されるとの情報も…

www.iwanami-hall.com