イノウエさん好奇心blog(2018.3.1〜)

MachinoKid Research 「学習会」公式ブログ ゼロから始める「Humanitas/人文科学」研究

『コロナ時代の哲学』(大澤真幸・國分功一郎)

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Miyashita park


【マチノキッド学習会
19:終了】

テーマ図書:『コロナ時代の哲学』(2020 大澤真幸 左右社)

参加者:4

 この会は、読書会ではなく「学習会」と称しています。

 それは、過去の文人のものの捉え方や思考術に学ぶ会なので、そういう意味を込めて「学習会」としています。
 研究者は、昔の学者の、そしてその学者は、さらにまた昔の人々の言葉を引用して、知恵を繋ぎます。
 その言葉の系譜がわかるようになると、テーマ図書もグッと楽しめます。
この辺りにも学習会ではフォーカスしてます。

 また、思想書の場合は、情報というよりも問題の処方箋というか、利害調整の視点を学ぶ事に近い気がします。

 今回のトピックの一つ、イタリアの新聞に寄稿した、哲学者アガンベンの提起した問いは、新型コロナウィルス対策への批判を起点とするものでした。

 このアガンベンというおじさんは、亡くなった人々への配慮もリスペクトも感じられない政策当局に苦言を呈します。
 新聞への寄稿後には怒涛の非難を浴びました。俗にいう炎上です。「ウィルスは目に見えないのだし、ワクチンはないのだし。ただの風邪とは違うのだし」と。ほとんど老害のように思われたかもしれません。
 アガンベンはつづけて、「移動の自由」の制限にも厳しい言葉を寄稿します。

 移動の自由が、どんなに大切なのか議論されずに、規制だけが実施されていく世界は、「生存だけを価値として認める社会」でなくてなんなのか。と警鐘を鳴らしたのでした。
 図書の中で、対談の相手となる國分功一郎さん曰く「アガンベンはアブのようにぶんぶんとうるさい存在」だろう、と表現しています。これは、哲学者ソクラテス自身が語った言葉らしいです。…アブ笑

 今回の図書の中で、イタリアで話題となったこの経緯を紹介しつつ、メルケル首相のテレビ演説を紹介します。COVIT-19の猛威の振るう中、行われた異例の演説でした。

 アガンベンおじさんの警鐘が、まるで回収されるような演説内容で、下手すれば老害と思われたような苦言も、その意義を浮き立たせるかのようでした。「バランスの取れたスピーチ」と國分さんが仰ることも肯けます。

 なにより、世界各地で起こるいろいろな衝突や非難を、ないものとして扱わず、どうしたら利害を調整できるのか、その和解を実現するためには、どのような文脈を語る必要があるのかに、着目されていたのだと思います。

 現実味ある視点から、大澤さんと國分さんの対話は進行しており、良書だと思わされました。

 メルケルの演説の抜粋は、マチノキッドリサーチに掲載中。
 全文はドイツ大使館のHPから読むことができます。そちらもリンク先を掲載しているので、興味ある人はごらんください。

  なお、今回の学習会で話題となったトピックは、このブログからは溢れるほどでした。ビオスとゾーエー、そして「剥き出しの生」、剥き出しの生が、どのように公共の世界観を抱いていくのか等。著書に触れられる内容に、議論が深まりました。
 ありがとうございました。

コロナ時代の哲学

コロナ時代の哲学