イノウエさん好奇心blog(2018.3.1〜)

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『カントの政治哲学講義録』ハンナ・アレント

 

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カトマンズにて

 

 

 ハンナ・アーレント(Hannah Arentdt 1906˜1975)

彼女は、西独ハノーファーに生まれたドイツ系ユダヤ人の政治哲学者です。戦時中はパリや米国へ亡命していました。

 人の考えることの大切さや、想像力に近い判断力の重要性に言及した人でした。アーレントの言うところの「判断力」は、政治そのものの存在理由でもありました。彼女は「人が人間らしく思考(判断)できる公共領域の確保」を、政治の第一の目的と考えました。

 どういうことか。

 彼女は、独裁政権下のナチスの高官、アイヒマンを研究の対象としましたが、皮肉にも、この時、彼女は二重の思考の欠如に気がついたのです。一つは、アイヒマン本人の、もう一つは大衆のものでした。

 アイヒマンに対する一般的な糾弾は、大量虐殺の実務を担った官吏に弁明の余地はない。というもので、この判断が人々の趨勢を占めました。
 一方、アーレントの糾弾は、2度と繰り返されてはならない惨事の根本原因、個人の判断力の限界に関わるものでした。

 終戦後、アイヒマン裁判の公聴会に足繁く出席した彼女は、当時、虐殺を指示した本人の責任能力の程度に着目しました。そして独裁政権下の人間の、思考能力の欠如に言及したのです。
 この振る舞いが同胞(ユダヤ人)の批判の対象となったことは、想像に難くありません。見方を変えれば凶悪犯を擁護したと誤解を招くからです。アーレントはNYのニュースクール大学の講義でこう語ったと言います。

もし我々がその場に居合わせず、関わりがなかったとするなら、我々は人を裁くことができない、と言う議論は、時に説得力を持つ。だが、もしそれが真実と言うことになると、司法行政も歴史の著述も全く不可能である。p148『カント政治哲学講義』

 「戦時中の人間の思考能力の程度など、亡命の第三者に判断できるものか」と、当時、非難されたでしょうか。
 彼女は、観察者の立場だからこそ、適切な判断を下せると考えました。アーレントは続けて、こう言います。

世論によって、我々の裁きが許される事柄は、人々の趨勢であり、要するに、区別がつけられないほどに一般的なものなのである。したがって我々は、例えば、全人民の集団的有罪や集団的無罪という理論が流行るのを見いだす。
(〜このことは)「個人の道徳的責任において判断するのを嫌がること」と結びついている。この判断力の萎縮がまさしく、アイヒマンの途方もない犯罪をまず第一に可能ならしめたものであった、ということは悲しい皮肉である。
P150『カント政治哲学の講義』

 と、考察したのでした。

 アーレントの伝えたところの「判断力」は、想像力、あるいは多数派に流されずに行動する、勇気に関わるものだと、言えそうです。

 ナチスの諸処の異常性が虐殺の原因にはなりえても、観察者の「判断力」を埋没させた人々の趨勢に、その萌芽があったと論じたアーレントの視線は辛辣です。

 そして、こう述べます。

人間精神の能力としての「判断力」、そしてこの能力の機能する条件としての人間の社交性、~これらの主題はすべて卓越した政治的意義を有しており、政治的な事柄にとって重要である。 P15 『カントの政治哲学の講義』

 判断力を支える社交性が、政治的に重要だと言います。

 さらに、下記を踏まえると、アーレント自身が、政治の目的を、人々の思考、判断力の保たれる環境の確保にある、と考えたのは確かなようです。
 アーレントはこの判断力こそ思考に関わる文化の本質であることに触れ、古代ギリシャの歴史家トゥキュディデスを引用します。

文化が示すものは、活動する人間によって政治的に確保された公共的領域が
〜その本質を発揮する空間を提供する、ということである。(トゥキュディデス)p153『カントの政治哲学の講義』


イノウエの個人事業、MachinoKidは、リサーチライブラリーと、アート作品の展示サポートを仕事にしているのですが、この調査活動と芸術活動をまたぐ活動は、まさに二つの領域をつなぐ「判断力」を共有する仕事のように思います。なので、アーレントをリスペクトしない訳にはいきません。

 年の瀬が近づいてきましたが、まだまだ話を広げられるように、来年も月一ペースでブログ続けたいと思います。(12/27updated)

 

 

カント政治哲学の講義 (叢書・ウニベルシタス)

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アーレント政治思想集成 1――組織的な罪と普遍的な責任

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