第15回学習会では
『市場の倫理 統治の倫理』(ジェイン・ジェイコブズ, 1951, ちくま学芸文庫/日本経済新聞社)をとりあげました。
参加者で内容を読み返し、意見交換をしたところ話題に尽きないのでした。
ジェイン・ジェイコブズ
1960年代、ニューヨーク・マンハッタンで断行された都市計画に異を唱え、NY市民の支持を得たジャーナリスト。45歳の時に、街路に息づく生活を元に都市計画のあり方を提唱した『アメリカ大都市の死と生』が代表作となる。路面店のおかげで犯罪率が抑制されることも、子供達が遊べる歩道も、都市になくてはならない要素だと考えた
『市場の倫理 統治の倫理』は彼女の76歳の時の著作です。
道徳と、実際の人間生活の矛盾とに着目し、実際にあった事件やエピソードを取り上げるなど、臨場感あふれる問いを展開していきます。
腐敗する権力も、行きすぎた取引も、二つの道徳の不明瞭さに起因すると彼女は、考えました。
一般的な生産活動には、Trade と Take、(取引と奪取)の方法が用いられます。それぞれ、勤勉な競争を促す市場のルールと、限られた資源・領土を守るための統治のルールに振り分けます。
市場の倫理は、合意を重んじることや約束を守ることを美徳とします。この原理だけに基づけば、例えば、高利貸し、児童労働、さらには、臓器売買までも肯定されます。
統治の倫理は、秩序を伴います。例えば、警察組織が挙げられます。この倫理は治安を維持するための強制力を伴います。ここに取引の倫理が侵入すると腐敗します。汚職警察の温床になります。
そのようなわけで、市場の倫理も、統治の倫理も、私たちの経済活動を支えるために知っておくべきであることを、ジェインは提唱しました。さて二つの倫理を私たちは自覚できるでしょうか。
以下、取り上げられた実例を抜粋しました。
いろいろな見方のできるエピソードが掲載されていますので、気になるものがあれば、著作に目を通していただけたら幸いです。
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『市場の倫理 統治の倫理 』
(1998 訳 香西 泰、日経新聞社)
*ページ数は、ちくま学芸文庫のものとは違います
英題:『System of Survival -- A dialogue on the moral foundations of commerce and politics』
・NYのとある街、被服産業が潰れかけていた。盗品にタグをつけて転売するマフィアを汚職警察が見逃す。結果、地域の商売が成り立たなくなった。貧困が犯罪を生むこともあるが、その街は犯罪によって貧困となる
(統治の倫理が腐敗)
・PPOWW(天然水源の保全Preserve & Protect Our Wilderness Watershed)森林を守る熱心な活動家が、破壊活動を周知させようと、テレビ局へ、虚偽の情報を演出して着目させた。「システム全体が腐敗している時は正直でいようと思ってもできない」という
(極端な印象操作は、倫理目的のためであれば許されるのか?)
・イギリス海軍の起源と言われた中世の艦隊は、商人によって組織されたものの指揮権は国王に献じられた
(市場倫理と統治倫理を区別した)
・科学の倫理と市場の倫理は似ている
理由1.データを説明できるものの中でもっとも削ぎ落とされた論理が良いとされるから
理由2. 新しいアイディア、勤勉さ、無駄を省く誠実さが求められるから
・スタンフォード大学の研究費の補助
補助金助成のため連邦機関は、事前審査が必要だという。
理由:研究内容が政府の顔色を伺うことになるから。市場の倫理に反する
・高利貸しは良いことか?カルヴァン派は利子貸しを認めた
・ウェストミンスター侯爵
英国で最も裕福と言われる彼らの家族は、自ら売買に従事しなかった。取引遵守は同時に敵国との取引を許すことになる。統治に関する仕事には取引を禁ずる「取引禁忌」が必要だった
・新聞記事
避妊クリニックの従業員や入院者を、避妊反対デモから守れ、という任務を拒否した警察官のエピソード
その警官は部内審問を受け、規律違反とされ免職になった。良心的に避妊反対の立場だったので彼は提訴に踏み切り、義務を拒む憲法上の権利があったと主張した。一方、判決では「当人は警察の一員となった日から、服従に良心を優先させる権利を放棄した」と言いわたされた。(公官である以上、規律に服従すべき?ハンナ・アーレントの指摘で重要なところ)
・マキャベリの有名な君主への忠告
彼は忠誠を拒むことも尽くすことも、どちらも意のままにできるものたちの忠誠をどうやって手に入れるかを考えた。上層部からの恐怖や、下層部からの信頼も、あらゆる手段について考えた。彼は、忠誠を、徳の真の賞嘆すべき形態だと見ている
・統治倫理の優先される例:軍医
軍医は強制的な措置をとることがあるが、民間医師は合意に従う。戦地では軽傷者の治療が優先される。合意のない医療へ P161
・区別される例:イギリスの弁護士
彼らは統治倫理と商業倫理の混乱を回避して、事務弁護士(solicitors)と法廷弁護士(barristers)を区別する。前者は、税務、契約、法人設立書類、遺言、など。後者は裁判所の事項を扱い、取引を避ける
・フランス松露(菌根)の侵入が針葉樹に必要という話。菌根を餌にする小動物、リス、シマリス、ハタネズミを餌食とするフクロウが、生態域の健全か否かを測る指標となる。その意味で、フクロウは示標種と呼ばれる。
環境順応性の高いツキノワグマや山猫など、生態系の頂点にいる捕食者よりも、示標種を見る方が、生態系単位を決定するのに相応しい。生態系の区分けの仕方について、限られた資源をどのように獲得するかを考えるタイプの人間は、まず先に領土のことを考える。
市場の倫理を重んじる人、統治の倫理を重んじる人の違いは、その人の気質によるのでは?
・商業的な道徳が事態を悪化させた例
貧困国で融資を拡大する銀行は他行に負けじと融資を増大させ、こげつく。
・統治的道徳が事態を悪化させた例
狩猟民族だったアフリカのイク族に、1950年代のケニア政府は、禁猟区を観光地とし、農耕を勧めた。けれど、イク族には貯蔵の文化がなかった。仮に貯蔵をしても誰かに奪われた。結果、飢餓がせまり、近隣住民が略奪された。その際、イク族の老人は、巧みに遊牧民を対立させ、マサイ族遊牧民が家畜を襲撃し合うように仕向けた。二重スパイになって報酬を稼いだ。イク族は救いがたいほどに腐敗し、手に触れるあらゆるものを腐敗させたという
・コングロマリットによる道徳の腐敗
1960~80年代、投資銀行は、顧客のためと称しM&Aの筋書きを手伝った。また、別の顧客には乗っ取り防止の策定案を手伝った。両方のサービスから膨大な報酬を手にした。イク族の老人のよう
・NY警察のコンサルティング、数年前の話
地下鉄の犯罪率減少のため成果主義を取り入れた。一労働時間あたりの逮捕件数を計測した結果、冤罪逮捕が横行した
・Buy-in契約
軍需産業の元請けは、偽りの入札値を提出し議会を通した。お得意先の米国防省は、当初の価格の何倍もの発注を実施する。これまでの予算が水の泡になると説明し、軍需関係で潤う議員も知らないふりをする。ロッキード社がそうだった
・モーゼは誰にでも理解できるように規則や区別を設定している
隣のぶどう畑からぶどうをとって味見するのはいいが、それを容器に入れて持ち去るのはいけない。標本採取と奪取との区別をしていいる etc
・カースト制では、統治倫理は上部階層の者が担った。一方、倫理選択の許された社会では、個人個人が必要に応じて統治道徳、商業道徳のどちらかを選ぶことができる。そのため、双方の違いを自覚していなければならない。個々人の道徳的理解力が高いことが必要
・スコット・フィッツジェラルド曰く「第一級の知性とは相反する二つの考えを同時に持ち、しかも仕事を進める能力を保持すること」だという。P273
などなど。
市場の倫理・統治の倫理について、わたしたちは、少なくともそれを自覚できるための、脳トレは、しておいても良さそうだ、と、所見を抱きました。
第1章 アームブラスターからの呼び出し
第2章 二組の矛盾する道徳律
第3章 ケート、市場の道徳を論ず
第4章 なぜ二組の道徳律か
第5章 ジャスパーとケート、統治の道徳を論ず
第6章 取引、占取、その混合の怪物
第7章 型に収まらない場合
第8章 統治者気質・商人気質
第9章 アームブラスター、道徳のシステム的腐敗を論ず
第10章 倫理体系に沿った発明・工夫
第11章 ホーテンス、身分固定と倫理選択を対比
第12章 方法の落とし穴
第13章 ホーテンス、倫理選択を擁護
第14章 計画とシャンパン